26,000km走って初めて分かった現実【アメリカ全州ドライブ編】
レンタカーを借りて、アメリカを2か月半走りました。
サンタモニカを出発し、47州とワシントンD.C.を回って、また同じ海に戻る。走行距離は26,000kmです。
最初は、正直怖かった。地図で見ていた距離と、運転席から感じる距離はまったく違いました。
それでも走る日が続くと、感覚は変わっていきます。距離や風景が、少しずつ日常になる。
ここからは、動画とあわせて、アメリカ全州ドライブの記録を振り返ります。
すごい旅だった、と言い切るつもりはありません。ただ、走って初めて分かったことがありました。
動画でたどるアメリカ全州ドライブの記録
2か月半のドライブは、一本の旅ではなく、いくつかの区切りに分かれています。
走った距離や州の数より、どの場面で何を感じたかは、動画で見たほうが分かりやすいです。
ここからは、アメリカ全州ドライブを振り返っていきます。細かい説明は加えず、その時の空気が伝わる場面を中心にまとめています。
初日編|サンタモニカ〜バーストウで感じた戸惑い
旅の初日は、ロサンゼルス・サンタモニカから内陸のバーストウまで。レンタカーを借りたその足で、いきなりハイウェイに乗ります。
左ハンドル、右車線、交通量の多さ。事前に練習する余裕はなく、運転席で状況を理解しながら進んでいくしかありません。
道中では、マクドナルド1号店のあるサンバーナディーノに立ち寄り、カリフォルニアで定番のIn-N-Out Burgerも初体験。
ここは、大谷翔平選手が絶賛していることでも知られています。
この旅で何度も使うことになる、モーテルチェーン「スーパー8」にも初めて宿泊しました。
振り返ると、この一日で、アメリカを走るときの感覚がだいたい決まりました。以降の旅は、ここでつかんだ距離感を基準に進んでいきます。
ルート66編|憧れの道と、映画の中にあった風景
バーストウからアリゾナ州キングマンへ。この区間は、旧道のルート66を走ります。
途中で立ち寄ったのは、映画「バグダッド・カフェ」の舞台として知られる場所。看板や建物がそのまま残り、映像で見ていた風景が現実として続いていました。
さらに、ルート66再興の拠点として知られるセリグマンへ。
ここが、映画「カーズ」の世界につながる場所だと思うと、道そのものが少し違って見えました。
日本語堪能なエリカとも出会いました。こうした一期一会が、この旅の醍醐味だと感じます。
道中では、フーバーダムや巨大な隕石孔メテオクレーターにも立ち寄りました。
知っているはずの風景が、実際に通り過ぎるものとして続いていく。ルート66は、走るほどに印象が重なっていく区間でした。
東海岸編|ワシントンD.C.からニューヨークまで
まずはホワイトハウス。柵越しとはいえ、想像していたよりも近い距離で見ることができます。
一方、フィラデルフィアでは、まったく違う現実に出会いました。
いわゆるゾンビタウンと呼ばれる一角では、狭いエリアに薬物依存者が集まり、怖さよりも先に、どうにもならない悲しさが残ります。
ニューヨークに入ると、空気は一変します。
ブルックリンのピータールーガー・ステーキハウスで熟成ステーキを食べましたが、円安の影響もあり、会計は3万円オーバーでした。
その後は、リバティパーク、タイムズスクエア、映画「ゴーストバスターズ」のロケ地などを一気に巡ります。
30年前に暮らしていたアパートにも立ち寄り、観光と記憶が重なる区間でした。
寄り道編|1号店と映画の聖地を巡る
州をまたいで走る中で、予定外の寄り道も増えていきます。この区間は、アメリカの中にある「意外な日本とのつながり」が印象に残りました。
アイダホでは、マクドナルドのポテトの産地として知られる地域を通り、アイダホポテト博物館に立ち寄ります。
日本庭園にも足を運び、思っていた以上に日本と関わりの深い土地だと感じました。
イエローストーン国立公園では、バッファローが当たり前のように歩く光景に出会います。自然のスケールが、これまで走ってきた街とは一気に変わりました。
シアトルでは、壁一面にガムが貼られたガムウォール、そしてスターバックス1号店へ。
有名な場所より、つい車を止めてしまった寄り道のほうが、記憶に残る場面も多くありました。
最終回|シアトルからサンタモニカへ戻る旅
旅の終盤は、シアトルから再びサンタモニカへ。
距離は長いですが、走り方はもう最初とは違っていました。
途中で立ち寄ったのは、名作中の名作である、映画「スタンド・バイ・ミー」のロケ地になった小さな町。有名な橋も含めて、ゆっくり歩いて回っています。
その後はシリコンバレーへ。Meta(旧Facebook)やGoogleの本社周辺も訪れました。
そして、最終ゴールのサンタモニカ。走行距離26,000km。特別な達成感というより、「ちゃんと戻ってきた」という感覚のほうが近い終わり方でした。
ハンドルを握って分かった、走る国の現実
走る前は、「アメリカは広い」と分かっているつもりでした。
でも、実際にハンドルを握ると、その広さは知識じゃなく圧力として迫ってきます。
合流、速度、距離。判断を一瞬でも誤れば、全部が危険に変わる。ここは、ただのドライブ旅行じゃありませんでした。
合流で覚悟が決まる、怖さをごまかせない運転の始まり
最初のハイウェイ合流で、頭が真っ白になります。後ろから迫る車の速さに、迷っている余裕はない。
アクセルを踏むしかなくて、踏んだ自分に驚く。逆走しかけたこともあり、ニューメキシコでは警察に止められました。
ミラーに赤と青のランプが映った瞬間、心臓が跳ねる。「旅」なんて言葉は、この時点で頭から消えていました。
それでも朝は来る、一本道が緊張を日常に変えていく
夜中に泊まったモーテルでは、がさ入れが入ったこともあります。
落ち着かない夜でも、朝は変わらずやってくる。紙コップのコーヒーを飲み、何事もなかったように出発する。
遠くを走る長い貨物列車、どこまでも続く一直線の道。
何時間も景色が変わらない日を繰り返すうちに、「遠い」「長い」という感覚そのものが薄れていきました。
ただ、走るのが当たり前になっていきます。自分で運転して初めて、アメリカはそういう国だと再認識しました。
26,000km走った次はアラスカへ
サンタモニカに戻ってきたとき、「終わった」という感覚は、正直あまりありませんでした。
26,000kmという数字は大きいはずなのに、走り切った実感より、「一周した」という区切りに近い。
アメリカを走って分かったのは、距離や規模よりも、走り続けられる国だということでした。知らない土地を走ること自体が、特別ではなくなったのです。
そう考えたとき、次に思い浮かんだのが、未踏の土地でした。同じアメリカでも、距離も環境も、これまでとはまったく違う場所。
それが、アラスカです。
また同じように、朝コーヒーを飲んで車に乗り、知らない道を前に進むだけになると思います。
何かを達成するためでも、記録を更新するためでもない。走ってみないと分からない。それだけは、もうはっきりしています。
この旅は、ここで一区切り。次は、地図の一番外側へ向かいます。
まとめ
アメリカは、見る国じゃなく、走る国でした。
距離も広さも、頭で理解するものではなく、ハンドルを握って初めて体に残るものだったと思います。
北海道を走っているときも、十分な広さは感じていました。それでも、アメリカは距離も時間もスケールも、すべてが別物。
怖さや緊張が消えたわけではありません。ただ、それを抱えたまま走ることが、いつの間にか日常になっていました。
26,000kmを走り抜けた先に待っていたのは、特別な感動ではなく、ガイドブックには決して載ることのない、剥き出しで巨大な「アメリカの日常」でした。
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動画「ひでさんジャーニー」
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