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2026.02.05 コラム

26,000km走って初めて分かった現実【アメリカ全州ドライブ編】

レンタカーを借りて、アメリカを2か月半走りました。

サンタモニカを出発し、47州とワシントンD.C.を回って、また同じ海に戻る。走行距離は26,000kmです。

最初は、正直怖かった。地図で見ていた距離と、運転席から感じる距離はまったく違いました。

それでも走る日が続くと、感覚は変わっていきます。距離や風景が、少しずつ日常になる。

ここからは、動画とあわせて、アメリカ全州ドライブの記録を振り返ります。

すごい旅だった、と言い切るつもりはありません。ただ、走って初めて分かったことがありました。

動画でたどるアメリカ全州ドライブの記録

2か月半のドライブは、一本の旅ではなく、いくつかの区切りに分かれています。

走った距離や州の数より、どの場面で何を感じたかは、動画で見たほうが分かりやすいです。

ここからは、アメリカ全州ドライブを振り返っていきます。細かい説明は加えず、その時の空気が伝わる場面を中心にまとめています。

初日編|サンタモニカ〜バーストウで感じた戸惑い

旅の初日は、ロサンゼルス・サンタモニカから内陸のバーストウまで。レンタカーを借りたその足で、いきなりハイウェイに乗ります。

左ハンドル、右車線、交通量の多さ。事前に練習する余裕はなく、運転席で状況を理解しながら進んでいくしかありません。

道中では、マクドナルド1号店のあるサンバーナディーノに立ち寄り、カリフォルニアで定番のIn-N-Out Burgerも初体験。

ここは、大谷翔平選手が絶賛していることでも知られています。

この旅で何度も使うことになる、モーテルチェーン「スーパー8」にも初めて宿泊しました。

振り返ると、この一日で、アメリカを走るときの感覚がだいたい決まりました。以降の旅は、ここでつかんだ距離感を基準に進んでいきます。

ルート66編|憧れの道と、映画の中にあった風景

バーストウからアリゾナ州キングマンへ。この区間は、旧道のルート66を走ります。

途中で立ち寄ったのは、映画「バグダッド・カフェ」の舞台として知られる場所。看板や建物がそのまま残り、映像で見ていた風景が現実として続いていました。

さらに、ルート66再興の拠点として知られるセリグマンへ。

ここが、映画「カーズ」の世界につながる場所だと思うと、道そのものが少し違って見えました。

日本語堪能なエリカとも出会いました。こうした一期一会が、この旅の醍醐味だと感じます。

道中では、フーバーダムや巨大な隕石孔メテオクレーターにも立ち寄りました。

知っているはずの風景が、実際に通り過ぎるものとして続いていく。ルート66は、走るほどに印象が重なっていく区間でした。

東海岸編|ワシントンD.C.からニューヨークまで

まずはホワイトハウス。柵越しとはいえ、想像していたよりも近い距離で見ることができます。

一方、フィラデルフィアでは、まったく違う現実に出会いました。

いわゆるゾンビタウンと呼ばれる一角では、狭いエリアに薬物依存者が集まり、怖さよりも先に、どうにもならない悲しさが残ります。

ニューヨークに入ると、空気は一変します。

ブルックリンのピータールーガー・ステーキハウスで熟成ステーキを食べましたが、円安の影響もあり、会計は3万円オーバーでした。

その後は、リバティパーク、タイムズスクエア、映画「ゴーストバスターズ」のロケ地などを一気に巡ります。

30年前に暮らしていたアパートにも立ち寄り、観光と記憶が重なる区間でした。

寄り道編|1号店と映画の聖地を巡る

州をまたいで走る中で、予定外の寄り道も増えていきます。この区間は、アメリカの中にある「意外な日本とのつながり」が印象に残りました。

アイダホでは、マクドナルドのポテトの産地として知られる地域を通り、アイダホポテト博物館に立ち寄ります。

日本庭園にも足を運び、思っていた以上に日本と関わりの深い土地だと感じました。

イエローストーン国立公園では、バッファローが当たり前のように歩く光景に出会います。自然のスケールが、これまで走ってきた街とは一気に変わりました。

シアトルでは、壁一面にガムが貼られたガムウォール、そしてスターバックス1号店へ。

有名な場所より、つい車を止めてしまった寄り道のほうが、記憶に残る場面も多くありました。

最終回|シアトルからサンタモニカへ戻る旅

旅の終盤は、シアトルから再びサンタモニカへ。

距離は長いですが、走り方はもう最初とは違っていました。

途中で立ち寄ったのは、名作中の名作である、映画「スタンド・バイ・ミー」のロケ地になった小さな町。有名な橋も含めて、ゆっくり歩いて回っています。

その後はシリコンバレーへ。Meta(旧Facebook)やGoogleの本社周辺も訪れました。

そして、最終ゴールのサンタモニカ。走行距離26,000km。特別な達成感というより、「ちゃんと戻ってきた」という感覚のほうが近い終わり方でした。

ハンドルを握って分かった、走る国の現実

走る前は、「アメリカは広い」と分かっているつもりでした。

でも、実際にハンドルを握ると、その広さは知識じゃなく圧力として迫ってきます。

合流、速度、距離。判断を一瞬でも誤れば、全部が危険に変わる。ここは、ただのドライブ旅行じゃありませんでした。

合流で覚悟が決まる、怖さをごまかせない運転の始まり

最初のハイウェイ合流で、頭が真っ白になります。後ろから迫る車の速さに、迷っている余裕はない。

アクセルを踏むしかなくて、踏んだ自分に驚く。逆走しかけたこともあり、ニューメキシコでは警察に止められました。

ミラーに赤と青のランプが映った瞬間、心臓が跳ねる。「旅」なんて言葉は、この時点で頭から消えていました。

それでも朝は来る、一本道が緊張を日常に変えていく

夜中に泊まったモーテルでは、がさ入れが入ったこともあります。

落ち着かない夜でも、朝は変わらずやってくる。紙コップのコーヒーを飲み、何事もなかったように出発する。

遠くを走る長い貨物列車、どこまでも続く一直線の道。

何時間も景色が変わらない日を繰り返すうちに、「遠い」「長い」という感覚そのものが薄れていきました。

ただ、走るのが当たり前になっていきます。自分で運転して初めて、アメリカはそういう国だと再認識しました。

26,000km走った次はアラスカへ

サンタモニカに戻ってきたとき、「終わった」という感覚は、正直あまりありませんでした。

26,000kmという数字は大きいはずなのに、走り切った実感より、「一周した」という区切りに近い。

アメリカを走って分かったのは、距離や規模よりも、走り続けられる国だということでした。知らない土地を走ること自体が、特別ではなくなったのです。

そう考えたとき、次に思い浮かんだのが、未踏の土地でした。同じアメリカでも、距離も環境も、これまでとはまったく違う場所。

それが、アラスカです。

また同じように、朝コーヒーを飲んで車に乗り、知らない道を前に進むだけになると思います。

何かを達成するためでも、記録を更新するためでもない。走ってみないと分からない。それだけは、もうはっきりしています。

この旅は、ここで一区切り。次は、地図の一番外側へ向かいます。

まとめ

アメリカは、見る国じゃなく、走る国でした。

距離も広さも、頭で理解するものではなく、ハンドルを握って初めて体に残るものだったと思います。

北海道を走っているときも、十分な広さは感じていました。それでも、アメリカは距離も時間もスケールも、すべてが別物。

怖さや緊張が消えたわけではありません。ただ、それを抱えたまま走ることが、いつの間にか日常になっていました。

26,000kmを走り抜けた先に待っていたのは、特別な感動ではなく、ガイドブックには決して載ることのない、剥き出しで巨大な「アメリカの日常」でした。

📺 YouTubeチャンネル

動画「ひでさんジャーニー」

www.youtube.com/@hidesan_journey

英語版 TripTip Japan

www.youtube.com/@TripTipJapan

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